意外と誤解の多いPDCAサイクルの歴史について紹介します。
PDCAサイクルの歴史
PDCAサイクルに至る人類史上の方法論を振り返ります。
PDCAの起源:経験主義の科学的方法論
PDCAは、設定した仮説や理論を実験で確かめる科学の方法に一つの起源があると考えられています。経験主義の科学的方法論です。
科学的方法論とPDCAの歴史
PDCAの本質を理解するためには、その背景と歴史を知ることが有効です。実験や実証を重んじた経験主義の科学的方法論の歴史です。
1610年:ガリレオ ガリレイ
1610年にイタリアの科学者ガリレオ ガリレイ Galileo Galilei が実験の実施と数学により科学と科学的手法の礎を作りました。
1620年:フランシス ベーコン
1620年にイギリスの哲学者フランシス ベーコン Francis Bacon が、それまでの科学が演繹論理 Deductive Logic で自然を解釈していたものを、現実の観察や実験を通した帰納推論 Inductive Reasoning によるべきだと主張しました。彼の貢献により、演繹と帰納の論理的関係が明確になりました。
1929年:クラレンス ルイス
1929年にアメリカの哲学者クラレンス ルイス Clarence Irving Lewis は著書「精神と世界の秩序 Mind and the World Order 」で、経験してみる事によって初めて感覚できる質感をクオリア Qualia として提言しました。科学的な方法論を主張しました。
1939年:ウォルター シュワート
1939年にアメリカ ベル研究所の物理学者ウォルター シュワート Walter Andrew Shewhart はルイスの影響を多大に受け「仕様 Specification →生産 Production → 検査 Inspection 」というシュワートサイクル Shewhart Cycle を提言しました。
1950年:エドワーズ デミング
1950年にシュワートの弟子の統計学者エドワーズ デミング William Edwards Deming が日本の日本科学技術連盟で統計的品質統制 SQC, Statiscal Quality Control の講演を行いました。
その際にシュワートサイクルを変更して「設計 Design →生産 Produce →販売 Sell →再設計 Redesign 」のサイクルを説明しました。これをデミング サークル Deming Circle と言う人もいます。注意すべきなのは、このサークルを構成する各ステップが複数の異なる部門や異なる 職種にまたがっていることです。
彼はこのサイクルを継続して回すことが重要と主張しました。
1951年:日本科学技術連盟
1951年に日本科学技術連盟(日科技連)でデミングの講演を聞いた名前が特定されていない日本人の幹部が、PDCAサイクル(Plan, Do, Check, Action Cycle) (ActではなくAction)を作ったと言われています。
デミングが華やかに講演活動をしていたことから、PDCAサイクルをアメリカの経営手法として紹介し展開していきました。太平洋戦争後のアメリカによる自虐史観WGIPの教育とあいまってアメリカ信仰のもと普及しました。
1986年:エドワーズ デミング ▶︎PDCAサイクル:デミング指摘の問題点
1986年にデミングは1950年版のシュワートサークルを再度紹介します。1980年代に行ったセミナーでデミングは何度もPDCAは正しくないと注意を促しています。
英語では「チェック check」が「食い止める」 hold backという意味であり不正確であると主張しています。チェックは「コンプライアンス compliance」つまり計画への準拠、服従が求められます。
デミングは没年の1993年に再度シュワートサークルを修正し「学習と改善のためのPDSAサイクル(Plan(計画)、Do(実行)、Study(調査)、Act(改善) Cycle)」と呼びました。製品あるいはプロセスの改善と学習のためのフロー図 Flow Diagram だと述べました。チェックではなく調査であること、対象が製品あるいはプロセスの改善であることを訴えたのです。
2000年代
日本メーカーの多くが2000年代にISO9001の取得に向かいました。ISOの限界は、定められた基準への準拠、コンプライアンスの監査に重きが置かれていたことです。
基準の見直しがされずに、形式的な表面上のコンプライアンスに注視する傾向が顕著となり、問題が顕在化していきます。
現代
日本では、統計的品質統制SQCの導入とコンプライアンスのためのPDCAが60年以上にわたって使われてます。デミングの提唱した学習と改善のためのPDSAとはかけ離れています。
PDCAを日常業務で使うときの問題点
PDCAでは設定された仮説や理論的基準を実際に実行して結果をチェックするプロセスが定められていますが、肝心の仮説や基準の設定をどうするか示されていません。仮説を設定する方法が必要です。仮説検証の方法は、まず観察とアイデアや理論の創造があり仮説が形成され、その後仮説を実証実験により検証します。このような包括的な仮説の設定と検証の方法論:アイデア創造の方法論を理解している必要があります。[1]
チェックというコンプライアンスを目的としたPDCAを強調するあまり、日本企業の改善の力が削がれています。やってみることにより学習し思考を向上させていく必要があります。[2]
PDCAの起源:管理 マネジメント
PDCAは管理 Management を一つの起源とする考え方があります。
管理の歴史を振り返ることにより、管理の視点でPDSやPDCAの位置付けが明らかになってきます。加えて、将来の動向を予測することができます。
1903年:フレデリック テイラー
フレデリック ウィンズロー テイラー Frederick Winslow Taylor が1903年に「工場管理 Shop Management 」で、管理 Management の概念を確立しました。科学的管理 Scientific Management が生産性を上げるとし、生産計画Production Planning 、生産統制 Production Control の概念が議論されました。
1926年:アンリ ファヨール
フランスの経営学者ジュール アンリ ファヨール Jule Henri Fayol は1916年に「産業ならびに一般の管理General and Industrial Management 」で、管理を、計画 Plan 、組織 Organize 、指揮 Command 、調整 Coordinate、統制 Control の5要素のプロセスと定義しました。
現場から離れた管理側が計画(Plan)を作り現場の実行側に指揮 Command します。現場では指揮に従い計画を実行(Do)した後、管理側がその結果を評価し統制 Control します。
1947年:アルビン ブラウン
アルビン ブラウン Alvin Brown は1947年に「経営組織 Organization of Industry 」で管理のサークル Circle を提言しました。広義の計画として計画、組織、指揮、調整を含んだ概念が使われるようになりました。
管理 Management が計画 Plan と統制 Control、あるいは計画 Plan と点検 See といわれるようになります。
計画 Plan、実行 Do、点検 See のPDSサークルも特に日本で使われるようになりました。
アメリカでControlが日本では管理(本稿では厳密に区別するために統制と呼びます)と訳していました。
1950年:エドワーズ デミング
デミングはデミング サークル(PDSAサイクル)が複数の異なった部門をまたがって適用され回されることを想定していました。
デミングの想定どおり大半の日本企業はPDCAを、管理(すなわち計画・指揮・統制)する側と実行側にまたがって適用しています。
典型的な管理が目標管理です。計画で目標を設けて現場に目標の達成を迫ります。上司が部下に対して計画目標を達成するように叱咤激励することになります。そして無意味なプレッシャーをかけることになってしまいます。
2000年代
管理 Management は部下がみずからモチベーションを上げて努力することを前提にしていました。裏返せば、管理が部下の動機付けに関心を払わなくていいと考えられていました。
上意下達の管理の考え方が一般的でした。
現代
2010年ごろまでに、管理の概念が歴史的に大きく様変わりしてきています。
世界的に、部下がモチベーションを上げて仕事に向かえるようにすることが経営側の役割と責任であるとされるようになってきています。
いよいよ上意下達の管理では、部下のやる気を削ぎ、問題が顕在化しています。日本企業では、チェックを重視する風潮が責任追及の風潮を助長しています。これでは部下も成長できません。経営の計画と現場の実行が乖離して機能不全になる要因になります。
加えて、経営環境がVUCAの時代を迎え、情報技術や人工知能AIが発達し、管理統制型の経営が、自律分散型に転換する必要が出てきています。
2025年:第5次産業革命
2025年ごろに実現すると期待されている自動翻訳や第6世代戦闘機などの人工知能AIやロボット技術がもたらす第5次産業革命いわば知能革命の時代です。
第5次産業革命に向けて必要なのが第6世代経営戦略です。ここでは、イノベーションを起こしていく自律的でチャレンジ精神を推進する組織になっていく必要があります。
PDCAを日常業務で使うときの問題点
計画・統制を前提としたPDCAでは対処できない環境条件に変わってきています。PDCAが前提としている中央集権組織が変化する環境に適応できなくなっています。
変化する環境が求めているのは、自律してかつネットワークで縦横無尽につながったモチベーションの高い次世代 自律分散組織:ワクワクする組織です。
現場が主体となって自由闊達にワクワクして仕事ができる組織環境が必要となっています。[3]
自律とPDCAの歴史
1950年代:QCサークル活動
生産現場の小集団改善活動であるQCサークル活動が、統計的品質統制 Statiscal Quality Control (SQC)とともに行われるようになりました。
現場でチームや個人に閉じてPDCAを回す場合には計画策定と実行評価が自己完結するために、上述のような管理と現場との乖離の問題は生じません。
1990年代後半:自己啓発
自己啓発のために実施結果の振り返りをすることに価値があります。これをしっかり進めるためにPDCAにしたがい振り返り改善して行くことが重要です。
自分で決めた(Plan)ことを実行して(Do)、その後に振り返り検証して(Check)改善(Act)して行く自己向上のサイクルです。自分でPDCAを回し続けるためPDCAノートを使う方法などがあります。
仕事の進め方の改善としてPDCAを使う考え方が出てきました。
2000年代:経営課題の変化
しかし、時代が変わりました。最重要課題でありました品質向上のためにQCサークル活動を始めてから70年が経ちました。
PDCAが基準を達成できるようにするための改善活動だけに有効だということを知っておく必要があります。基準の妥当性を疑問視することなくPDCAを回すことに集中していると、過剰品質や品質不足になりかねません。
品質向上に加え、優先すべき課題が出てきています。環境が変わり、何をすべきか、どうやってすべきか、いつすべきかなど他に優先すべき課題が噴出しています。
現代:変化する環境への適応
指示待ちで言われたことだけをやる人が多くいます。指示されてその結果が評価されるPDCAの思考が指示待ち族を生んでいます。自ら主体的に判断できるようにならなくてはなりません。
PDCAを日常業務で使うときの問題点
環境の変化をとらえアクションを起こすことが重要になってきました。このためには上司が部下を統制するPDCAでは足かせになりかねません。
潮目の変化を気づいて自ら即断即決即応できる思考力を身につける必要があります。[4]
PDCAの問題点 ▶︎PDCAの問題点:PDCAでは生き残れない?
ここに紹介しました歴史的な背景から、現在のPDCAを使われている現場の実態を見るとPDCAの致命的な欠点が明らかになってきます。
PDCAの欠点を回避するマネジメントは?
以上述べたPDCAサイクルの歴史的な経緯からくる問題点を回避するためには、OODAループが有効です。OODAループを理解することで、目指すべき世界とそこに行くための道しるべを気づかせてくれます。
[1] 仮説を設定する方法が必要です。また基準を見直して設定することが重要です。OODAループは人間の思考方法を示してくれます。
[2] やってみることにより学習し思考を向上させていく必要があります。OODAループは人間の学習の方法を示してくれます。
[3] 現場が主体となって自由闊達にワクワクして仕事ができる組織環境が必要となっています。OODAループは自律分散の組織モデルを示してくれます。
[4] 潮目の変化を気づいて自ら即断即決即応できる思考力を身につける必要があります。OODAループは人間の感知力と即断即決即応力を身につけさせてくれます。
詳細を下記書籍で紹介しています。
PDCAサイクルの使い方の問題点とその問題を解決してくれるOODAループについて、「「すぐ決まる組織」のつくり方 ー OODAマネジメント」で紹介しています。ビジネス適用の実績にもとづく世界初の書籍になります。
著者:アイ&カンパニー 入江仁之
出典:本論文は2005年以来のOODAループ実装結果に拠る提言です。
脚注:私たちは、OODAループを広義のOODAループ戦略一般理論つまりジョンボイド理論として定義しています。本論文はフィードバックに基づき随時、更新しております。
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